万福和合神~そして妻は美魔女になる~

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美魔女、なんて最近の言葉を使いましたが、江戸時代の女性は年をとってもセックスを楽しんでいます。

春画では熟女ものも多く、子供を抱えている女性、未亡人になり喪に服している女性、既婚女性の話も良く出てきます。

丁稚や小姓など、世話をしてくれる若者を雇ったり、若衆や男妾という、セックスの相手をしてくれる美少年を買うシステムがあったのです。

春画が扱っているのは、当時の男のネズミーランド、「吉原」の世界だけではないのです。

売春の文化は江戸時代からあり

吉原の女性たちは親と縁切りして売られ、10代のころから花魁のお手伝いをして、技を仕込まれて花魁になるので、今回のおつびとおさねの話(親孝行の話)には出てきませんが、逆に「吉原」以外でも一般的に売春できる風潮があったことに驚かされますね。

援助交際は今に始まったことじゃないようです。

さて前回(万福和合神~そして女は妻になる~)、高筋家の妾となった薄幸の美少女のおつびちゃんと、長屋ですったもんだしているお金持ちのお嬢様のおさねちゃん。

2人の運命はどうなるのでしょうか。続きを見ていきましょう。

15.「おつびの話六」

名器と名器が合体し、和合しての懐妊で、おさねは玉のような男の子を産みました。

幾兵衛は大喜びして、膣が収まるや否や、座位でのセックス三昧。

出産してからまた膣の具合が変わって気持ちがよく、おちんちんをひくひく咥えこみ、「旦那様、気持ちいいです、今のように、もっと、もっと」とおつびがねだるので、幾兵衛は「こうかこうか」と頑張って命の続くだけ突きまくり、精気を膣に吸い取られ、倒れて青ざめ、ごほりごほり、腎虚になって亡くなってしまいました。

おつびさんもセックスしすぎて旦那さんを亡くしてしまったようです。

いくらセックスが上手でも、ほどほどにしないと身を滅ぼすようですね。

ちなみに「つび」はおまんこのこと、「さね」はクリトリスのこと。おつびちゃんとおさねちゃんは名前からしてとてもエッチでシャレがきいています。

16.「おさねの話六」

おさねが大家さんとセックスしたので、才三が焼きもちを焼いて大ゲンカになり、離縁して、おさねの方が家を追い出されてしまいました。

実家はもう勘当されていて戻れないので、田舎夫婦が引っ越したところに転がり込み、時々田舎夫婦とセックスすることで家賃を免除してもらい、セックス用の部屋を借りて出会い宿を始め、街に出て「女はいかがですか、月契約もできますよ」と誰彼かまわずセックスし、心に錠はおろしても、腰から下は開けっ放しのようになってしまいました。

日本の社会では、嫁に行っても実家と仲が良く、離婚したり未亡人になれば実家に戻れるのですが、おさねは勘当されているので帰れなかったようです。

この辺りは、北斎はおつびに気合が入っていて、おさねちゃんの話は控えめですね。

17.「おさねの話七」

そうこうしているうちに良い人に囲われて、セックス三昧。

この人のおちんちんは不思議の名作で、カリに無数のイボがあり、膣の中にこすり付けば大変な快感が伴い、全身がとろけるようでした。

2人ともどんどん肉が合ってきて、気持ちよさは増す一方。

毎晩毎晩夢中になって、男性は肩で息をするようになり、また腎虚して死んでしまいました。

おさねはもう我慢できず、遊女となってある所で働きますが、もう年も20代後半になってきて、遊女にしては年齢もいっているので、また流浪の浪人として旅に出ることになりました。

(以下、おさねと男性との激しいセックスシーンがあります)

13歳から始まった話はどんどん時間がたち、おつびもおさねも、もう20代後半の様です。

私の友人でも風俗嬢で日本各地を転々としている子がいて、同じような人生を送っていました。

特定のパートナーを持ったと思ったら、セックスしすぎでどんどん亡くならせてしまう、疫病神のようなおさねはどこに行くのでしょうか。

もうちょっと医学的な面でセックスを勉強をして、健康にセックスできる方法を知っていると彼女も旅立たなくて済むのですが。

18.「おつびの話七」

それに引き換え、おつびは幸せの絶頂期。

産んだ男の子は長男で、後継ぎになるので、母子ともども大事にされ、また、旦那の看病の仕方が良かったと親戚中から信頼を得て、家のことはすべてやりくりする女主(おんなあるじ)となりました。

表向きは清く正しく、裏では若衆を2人買って、互い違いにセックスをする日々。

ある宿で隣の部屋になった玉門寺の「とんけつ」というお坊さんがこの声を聴いて、若衆が席を外したのを見て、そっと部屋をのぞくと、おつびはいきくたびれてくったりとしていました。

そのおまんこの肉付きの良さは白くふっくりとした饅頭の様で、毛は程よくやわらかに生え、クリトリスも高くなく低くなく、穴も小さく、大陰唇と小陰唇が整って重なっている様子に、和尚はたちまち煩悩が起こり、とびかかりたい衝動に駆られましたが、少し心を静めて、色々な手を使い、ついにおつびを手に入れました。

(以下、若衆がトイレから帰ってきたのを捕まえて、若衆とおつびがセックスしているのを見ながら和尚が若衆とセックスする描写があります。)

煩悩が起こり、鎮める、といった仏教的な言い方で、とんけつ和尚が興奮した様子を描いているのが面白いですね。

日本の仏教は女性とのセックスを禁じてもお坊さんが男性を買い、男性同士でセックスする有様だったので、今回の描写も罰当たりではないのでしょう。

玉門(お尻の穴のこと)寺のとんけつ和尚というのも、いかにもアナル好きで面白いですね。

ちなみに若衆というのは当時人気があった、女装した男の子で、見た目は完全に女の子のように麗しく、セックスは上手で、上流下流の階級を問わず、女性の憧れの存在だったそうです。

男が女形をする歌舞伎の影響なのでしょうか。

女装した男とセックスしたいという願望は現代にはあまりないですよね。

西洋のムキムキの男性像とはかけ離れた日本人の美学を感じます。

当時の江戸は上下水道が整備され、男性は毎日床屋や髪結いに髪やひげのお手入れをしてもらっていて、かなり清潔好きであったようです。

 

さてさて、性愛との付き合い方が運命を動かし始めたおつびちゃんとおさねちゃん。

物語は、万福和合神~そして美魔女は女仙人になる~へ続きます。