万福和合神~そして美魔女は女仙人になる~

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中国から江戸時代の日本にまで影響を与えている思想に、「清貧」「仙人」を尊ぶ考え方があります。

不老不死で、健康で若々しくて、かすみを食べて生きる仙人。

色々な魔術を使うことが出来、超人的な身体能力を持った、鍛え抜かれた人間。

春画展は参考書!枕絵にも伝わる女の子が感じるセックス教えます!」で英泉の「枕文庫」を取り上げましたが、古来中国~江戸時代まで、「房中術」という、健康になるセックス方法が真剣に研究されていました。

健康で、現世から離れて静かな田舎で悠々と暮らす、というのが、儒教に生きる人々の最高の目標だったのです。

さて、前回(万福和合神~そして妻は美魔女になる~)まで数奇な運命を経てきたおさねとおつびはどうなるのでしょうか?

そろそろ物語も後半。2人の運命やいかに!

19.「おさねの話八」

おさねはセックス好きの性分でいろいろ苦労して、夜も遅くに人を訪ねていく途中、6人の不良に見つかって、外で強姦されてしまいます。

1人目はカチカチおちんちんの鉄。2人目は捻じれたろくろおちんちんの六郎助。

3人目は皮かむりの越五郎、4人目は釣鐘のような太いおちんちんの勘助。5人目はよじれてこぶだらけのおちんちんの与次郎兵衛。6人目は、麩(ふ)まらの麩助。

(一人一人の激しいセックス描写があります)

交互に犯され、朝になってこの無残なありさま、ほらごらんください。

この作品の凝りようを見ると、北斎はこれが書きたかったんじゃないかな、と思います。

全体として、親孝行、夫婦の和合があり、それにそむいて親も旦那も大事にしていないおさねに襲い掛かる特大級の悲劇。

しかもこの浮世絵はセックス中でなく、犯されたあとの、ほとんど裸で横たわっている髪がぼさぼさでおばけのようなおさねの姿です。

1枚の春画としては売れないですが、物語として、犯されまくって倒れている女性を北斎はずっと書きたいと思っていたのではないでしょうか。

20.「おつびの話八」

おつびはとんけつ和尚に口説かれて、男前で粋なところに惹かれて交際を始め、今では人目を忍ばずに、上野の不忍池の茶屋(ラブホテル)の奥座敷へ。

(中略 最大級に激しいセックスシーンがあります)

おつびの膣は相変わらずの締まりの良さで、突いてもついても気持ちがよく、寺の建て替えのための普請金(ふしんきん)も、何もかもすべておつびに吸い取られ、とうとうとうとう西方極楽(さいほうごくらく)へ腎虚(じんきょ)してしまいました。

とんけつ和尚もたった2話の命でしたが、彼は多大なお金をおつびに残しました。

北斎は激しいのが好きで、セックスシーンも、女性の膣やおちんちんが妖怪のように吸い付いたり、暴れまわったりします。本当に頭の中が漫画のように誇張した表現でいっぱいだったんだろうな、と思います。

22.「おさねの話九」

おさねはやっぱりおちんちんに執心し、ヘルスのようなお店へ出稼ぎに行きますが、年も年でお客がつかず、客も大した人がおらず、なんとなくつまらない日々を過ごしました。

昼のお店だけでは我慢できず、夜に外に立ち男に声をかけ、セックスセックスセックスの日々。だんだん頭が痛くなり、体中が痛くなり、これではセックスどころでないと、お店を辞めて伊豆の国、熱海へ湯治に出かけました。

旅は道連れ、男に声をかけ、毎夜毎夜、男の宿にころがりこんで、千夜千回のセックス道中。つび(おまんこ)は道連れ世は情けということでした。

(以下おさねとお客の激しいセックスシーンがあります)

23.「物語の大団円」

さて、おつびは十分にお金を蓄え、土地も買い、金貸しもして、その上家の財産は丸どりで、人前では一生後家を貫き、裏では17歳の若衆を男妾にして何不自由ない暮らしぶり。

この若衆を連れて伊豆の国へ温泉旅行へ来て、毎夜毎夜のセックス三昧。

(中略 激しいセックスシーンがあります)

おさねは同じ宿でこのあえぎ声を聞いて、我慢が出来ずにオナニーし、お手洗いに向かったところ、なんとばったり出会ったのが喰わぬ屋のおつびさん!

「あら、あの沢山屋のおさねさん?」「そんな貴方は喰わぬ屋のおつびさん?」

こんなところで縁があり、2人は互いに懐かしく、語るも幸せ不幸せ。

まぁまぁこちらへ、と一つの座敷で幼馴染の身の上話を語り合うのでした。

(絵は若衆とおつびのセックスシーンと、のぞいているおさねが描かれています。)

上巻の表紙は13歳の花が咲いたような2人、下巻の裏表紙は30歳になった、貫録たっぷりな熟女になった2人の話です。

どうして万福和合神なのか

この本のタイトルの「万福和合神」は、男女の和合すれば、多くの幸福が訪れ、世界平和がもたらされる、という北斎が作った神様のことを指しています。

そして、おさねとおつびという女の子を主人公に、当時の江戸の性を赤裸々に描いています。

ざっくりとストーリーを追うと、

  • 始めは両親のために働き、
  • ちゃんと旦那様がいる時は貞節を守り、
  • 家を守り、子供を育て上げたおつびはとんとん拍子に出世し、
  • その場その場の火遊びに夢中になって、
  • 旦那さん以外の人にも股を開いてしまい、
  • 両親とも夫とも良好な関係を作れなかったおさねはどんどん没落し、
  • 病身の上に独り身で熱海をさすらう、

という運命をたどります。

この本に何がいいとか悪いといった説明や教訓の様なものはないので、あくまでもストーリーで、夫婦の和合の仕方、男女の性のあり方を考えさせるような作り方をしています。

書き方がストーリーが先で、別に後の方にセリフがあるのはどうして?

春画は、「壁に掛けて、見る」という西洋の絵画と異なり、本になって流通しており、「手に取って、見る」ものでした。

手に取ってみる、ので、春画の鑑賞者は顔かたち、性器のかたち、毛の一本一本、手のしぐさ、足のしぐさなどの身体の表現をまず目にして、そして背景に描かれた「ト書き(書き入れ)」を読み、改めて絵を見て楽しみました。

右から左へ流れるように書くのですが、あくまで絵の一部で、スペースが限られているので、文章のように筆が乗って、ストーリーがはみ出て次のページに行くことはありませんでした。

なので、その制約の上で書くと、ストーリーを描いて、付け足しで会話を添えると喘ぎ声などで文字の調節がしやすいのです。

そんなつくり手、読み手のことも思いをはせ、当時の価値観を理解して、春画のファンになっていただけたらと思います。